Asia Le Mans Series
Asia Le Mans Series(2009)
AOC(フランス西部自動車連盟)、1923年のルマン24時間レースをオーガナイズしてから90年間近くルマンのレースを開催している世界でも歴史のある自動車クラブ。1999年アメリカ、2004年ヨーロッパにてルマンシリーズを立ち上げ、10月31日、11月1日アジアで初めてアジアルマンシリーズが行われた。
レース会場である岡山国際サーキットは高速テルサ・サーキットと違いコーナーの厳しいテクニカルコース。各チーム、ドライバーとも車のセッティングに苦労した。
レースは2回行われ、それぞれ3時間の短期決戦。2009年ルマンシリーズでチーム・ドライバーのチャンピオン、アストンマーティンレーシング007も日本でのレースに初めて挑む。観衆はその車の美しさ、エキゾーストからの官能的な音に酔いしれた。
レース1はレース終了10分前まで首位を独走していたが、オフィシャルのルールに従いピットイン。結果4位となってしまいチーム全体が失望に包まれた。他のチームにはこのルールが適用されなかったのは、王者としての試練か。
レース2は、朝からピットが凛とした雰囲気に包まれた中、チーム全体が静かな闘志に溢れ勝利を狙いにいった。007は周回を増すごとに速くなり、結果はセンセーショナルな優勝。ゴール後ドライバー ステファンが車に感謝のキスをし、今年のアストンマーティンのレースの幕を下ろした。
林 幸泰
![]() Aston Martin Asia Pacific Director Matthewさんと。 |
![]() Harold Primatとの久しぶりの再会 |
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![]() アストンマーティンレーシング メルとサディー。 |
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![]() メカニックもいよいよ緊張が高まる |
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![]() スタートグリッドでクルマを見つめる |
![]() フロントウイングのルーバーをサラと確認 |
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![]() 左からHarold Primat, George Howard-chappell, Stefan Mucke |
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Asia Le Mans Series
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AOC(フランス西部自動車連盟)、1923年のルマン24時間レースをオーガナイズしてから90年間近くルマンのレースを開催している世界でも歴史のある自動車クラブ...